『電子耕』No.107-2003.04.17号

*******************************************************************
隔週刊「78歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」 第107号    
−健康・農業・食・図書・人物情報・高齢者と若者の交流誌−
http://nazuna.com/tom/
2003.4.17(木)発行 西東京市・ひばりが丘 原田 勉
*************************************発行部数 1823 部***********
<キーワード> 
 健康・食べ物・農林園芸・図書を中心とした雑学情報を提供し、庶民の歴史
も残す。高齢者と若者の交流ミニコミ誌。お互いに情報を交流しましょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 目 次  □----------------------------------------------------
<読者の声>環境クラブ増山さんから、丹羽さんから、王さんから、安澤さん
から、長谷川さんから、森さんから、田んぼのおばさん 
<舌耕のネタ>「アメリカは戦争に勝ったか・負けたか?」原田勉
<高田忠典のブータン通信>「ブータン滞在記」03,4,10
<丹羽敏明の戦争体験>7、「敗戦後、脱走への誘惑」 
<日本たまご事情>「イザベラ・バードと卵」愛鶏園・斎藤富士雄
<森 清の読後感>「佐藤健記者の卒業論文」佐藤健『阿弥陀が来た道―百年
目の大谷探検隊』2003年3月刊、毎日新聞社、1524円+税
<晴耕雨読9>平和のためにできること 田んぼのおばさん
<農文協図書館HP更新情報>近藤康男104歳のエッセイ
<私の近況報告>4月2日〜15日(戦争の被害は続く)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<読者の声>(お断り:最近視力が極端に落ちました。そのため従来メール
がきたらすぐ返信していましたが、それが出来なくなりました。今後メルマガ
『電子耕』だけで返信・コメントいたしますので、ご承知ください)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4/3 環境クラブ増山さんから:
>「21世紀水危機、農からの発想」に掲載された松坂さんの「水輸入大国日本」
>の抜き刷りを送ってもらいました。高齢にもかかわらずたゆまぬ研鑽ぶりに>
>はいつもながら感服させられます。

松坂さんのご本は、
農文協刊行の本でしょうか?

環境クラブ 増山

P.S
環境クラブメールニュース「E-news」で
僕の中東体験をつづっています。

配信希望の方は、ssc@ecoclub.co.jp
にご連絡ください。

●原田からRE
電子耕103号の新刊情報「21世紀の水危機」農文協発売です。
http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/03wadai008.html
目次も紹介しています。3900円です。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
■4/3 丹羽さんから:
『電子耕』106号配信有り難うございました。内容豊富読みごたえがありまし
た。原田さんの「鍼療法体験」大変参考になりました。

今度のイラク戦争で大変気になることがあります。『人間の楯』問題です。戦
争の最中にもなお残留している人、自分の行為が本当に戦争の抑止力になると
信じているのでしょうか。かつて日本には人間魚雷とか特攻隊の存在が美談と
して語られて来ました。結末は同じ死であっても『人間の楯』の場合は「自発
的行為」という点が特攻隊などと大きな違いがあり、家族が抱く悲嘆さも違う
ものがあるように思えます。この問題は私など浅薄な知識で論じることは誤解
を招きそうなので、問題提起にとどめておきます。

『丹羽敏明の戦争体験』7を送信しますのでよろしくお願いします。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
■4/4 王さんから:
原田先生:
ご無沙汰しております。お元気ですか?
先生の『メールマガジンの楽しみ方』を注文したいと思いますの
で、注文方法を教えていただけませんか?宜しくお願い致します。
奥様に宜しくお伝えください。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
■4/5 安澤さんから:
 原田様
                                   
安澤
 5日のニュース速報で ”米英軍がイラクの首都バグダッドの中心部”
でイラク軍と市街戦! との報道に大きな怒りを覚えます。
 あの市中には数多くの罪のない市民が逃げ惑っていると思うと気の毒でなり
ません。

 9・11以来、戦争の口実をテロや大量化学兵器の存在、フセイン政権の
転覆 そしてイラク国民の解放だとか勝手な幻想で世界を不安定な方向
へ引きずり込んでいるブッシュ政権。
 
 国連憲章を踏みにじり、世界の大勢を無視したその傲慢さ、これはもう
狂乱としか 云いようがありません。
 圧倒的な軍事力で これ見よがしの米英豪軍等になすすべがないという国際
社会の無力を感じます。

 このような無法な戦争に従軍させているマスコミにも腹がたちます。
ことにNHKなどは連日、戦場と戦艦上から戦況報告だと称して、すさまじい勢
いで飛び立つ戦闘機をさも頼もしそうに報告する映像に怒り心頭に達した私は
スイッチを切り直ぐNHKに抗議しました。

 新聞や民放などと違い公共放送としてのNHKの姿勢に大いに疑問を持ちます。
視聴料を拒否したくなります。

 21世紀の初めに 世界の秩序を乱すこのような無謀な戦争に加担するような
無思慮なマスコミ。
 ブッシュ政権の戦争を宣伝に利用されて偏った報道をしている報道各社。 
一般国民はリアルな戦場報告など望んでいません。戦争を経験した人達はどん
な思いで観ているのでしょうか。

 われわれ日本人は よくよく考えて行動しなくてはなりませんね。あの無法
な戦争を仕掛けた米英を支持した”首相”を選んでいるのですから。
 私達にできることは 選挙権をしっかり考えて行使しなければなりませんね。

 長々と自説を吐き出してすみませんでした。
 
原田様 
 季節柄、どうかご自愛くださいませ。 
 
●原田からRE
メール有り難うございました。
賛成です。こういう<読者の声>欄にしたいと思います。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
■4/6 長谷川さんから:
私の拙い文章を取り上げていただきありがとうございました。
息子さんを戦争でなくされたお母様の血の出るような叫び、そばでその姿を見
ていた原田さんの思いが、胸につまり目がかすんでしまいました。その後斎藤
さんの「卵かけご飯」のはなしはまったく同じ経験のある私には思わず吹き出
してしまいます。今回は泣き笑いで顔がぐしゃぐしゃです。

昨日土砂降りの雨の中、紀伊国屋サザンシアターへ「イラク攻撃と有事法制に
反対する演劇人の会」へ行ってきました。
開演45分前についたのですが、紀伊国屋ビルから高島屋のビルまで連絡通路
は長蛇の列で、1時間近く待って、結局会場には入れず、ロビーでモニターを
見ることになりました。
ロビーにも入れなかった方が400名もいらしたとのこと。私はまだ幸せでし
た。
周りを見ると若い方が多く、「なるべく年配の方に椅子を譲ってください」と
いう呼びかけに皆さんさっと席を立ち床に座ってTVをみつめていました。

舞台では、林隆三、渡辺えり子、三田和代、李麗仙、毬谷友子、風吹ジュン、
中村獅童さんら60名もの演劇人が朗読と歌などで反戦を訴えました。

若い方たちがこんなに大勢、反戦ということに関心を持って集まっているのを
見て、力強さを感じ帰りは冷たい雨でしたが心は暖かでした。

パソコン初めて2年、原田さんのご本に刺激を受け、ホームページを立ち上げ
ました。まだ形が出来たというだけですが、お時間がございましたら見ていた
だけたら幸せです。

URL (夢のかけら) 
http://www.h3.dion.ne.jp/~nanchan/
です。

●原田から4/8RE
メール有り難うございました。
内容もすばらしい。ぜひ、
第107号に掲載させて下さい。
イラクの戦争はまだまだ被害が大きくなると思われます。
私も続いて「戦争反対」を続けます。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
■4/13 森さんから: 
原田勉様
また、メルマガにしては長い読後感になりました。書かせてしまう本でした。
森拝

●原田からRE
心にしみる読後感でした。
ありがとうございました。
最期はこうありたいと思いました。
できるかどうか、わかりませんが。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
■4/15 田んぼのおばさんから:
今年は桜の季節が長いような気がします。
お身体の具合はいかがですか。

テレビのワイドショーが『平和』を訴えることをファッションのように日々映
し出す有様に辟易していました。今回の『晴耕雨読』はちょっと本来のテーマ
からそれてしまったでしょうか。
畑仕事もいよいよ開幕。また忙しい日々が始まります。

田んぼのおばさん
http://homepage3.nifty.com/half-farmer/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<舌耕のネタ>「アメリカは戦争に勝ったか・負けたか?」原田勉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 アメリカ軍はイギリス軍と共同してイラク攻撃を始め、開戦から1ヵ月でイ
ラクの首都バグダットを陥落させた。最先端技術を駆使した空爆と戦車・火力
で勝利したように見える。しかし、この戦争で勝ったと言えるだろうか。
 開戦前から国際世論は「この戦争に正義はあるか」と疑問をもっていた。

 アメリカのブッシュは「大量破壊兵器廃棄を目的」とし、「イラク国民の解
放のため」と言ってきた。しかし、戦闘が終わった後でみると、その目的は達
成されたのか。ノーである。大量破壊兵器も見つからず、国民は解放されたか
疑問である。イラクは日本やドイツのように無条件降伏したわけではない。
 圧倒的な軍事力でイラク軍は戦闘に負けた。だが、国民は解放されてアメリ
カに協力しているか。答えはノーである。むしろ国民の反米・嫌米思想は前に
もまして高まっているようだ。

 アメリカは9・11以来テロ対策としてアフガニスタン空爆・イラク攻撃を
行ってきた。それもテロ撲滅に役だったか?。これもノーである。むしろテロ
は今後米英とこれを支援した日本その他世界各地に発生する危険がある。
 なぜなら、イラクをたたいて、イスラム社会全体を敵に回した。そのためア
メリカの「強大な軍事力に対抗し、主張を通す方法は小人数で低予算でできる
テロしか無い」と思わせてしまった。今後、長期にわたる本格的なテロリズム
時代を自ら招いてしまったのである。アメリカは戦闘には勝ったが戦争には負
けたと言わざるを得ない。

 米・英・日のブッシュ、ブレア、コイズミなどの首脳は、今後国民をテロに
さらす責任を長期にわたって負わねばならぬだろう。(原田勉)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<高田忠典のブータン通信>「ブータン滞在記」2003,4,10
4/10
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
満開の桜の花びらが華やかに散り始める頃、私と言えば、ここヒマラヤの国
「ブータン」で生活をはじめ、3カ月を経過しようとしています。
ブータン王国。「雷龍の国」という意味を持つ仏教国。人口は約60万人、そ
の3分の2をチベット系、残りをネパール系が占めます。国土の広さは約九州
の1.3倍、中国とインドの中間に位置し「アジアのスイス」と称されています。
ヒマラヤの奥地とあって寒い印象がありますが、首都ティンプーでは日本と同
じ照葉樹林帯と位置されています。ただし北は7000M級の山々が連なり、
南はインドにつながるジャングルも保有しているため単に熱い寒いを説明でき
ない煩わしさがあります。
顔つきも漢民族よりもより日本人に近く、どことなく、日本と類似した点が見
られるこの国、国民には普段から着物の着用が義務付けられています。仏教国
と言う国民性も在るのか、どこか懐かしい感じさえ覚えます。

人口の約9割が農民。週末になると地方から野菜や肉をもった業者が街に集ま
り「サブジ・バザー」と呼ばれる日曜市が開かれます。トマト、玉ねぎ、茄子、
大根、ニンニク、アスパラガス、椎茸、日本で揃う野菜、果物は一通り揃いま
す。春らしい物と言えばゼンマイ、油菜などが顔をそろえています。
 その中で、この国の料理に欠かせないのが、様々な種類の唐辛子。どの料理
にも我々日本人にとっては火を吐くほどの唐辛子を使用します。息を吐きなが
ら汗をかき「おいしい、おいしい。」などと言って食べている姿はとても滑稽
に見えます。
 肉類は牛、豚、鶏、などが主流、時にヤクの肉なども見かけます。牛肉、豚
肉は専ら干肉にされ料理に使われます。また乳製品も豊富でチーズはブータン
料理に、バターはバター茶に欠かせない食材です。海を持たないこの国ですが、
魚はインドから輸入されます。残念ながら刺身に利用できるような鮮度のもの
は入手できません。海草の類は目にしませんが、乾燥された川海苔が手に入り
ます。主食は専ら米です。特産の赤米、インド米、ジャポニカ米と各種の米が
並びます。
実はこの国1960年代から日本人の農業技術者が農業改革をされたことでも
有名です。興味のある方は、「ブータン神秘の王国」西岡京治、里子著 NTT
出版 をご参照ください。
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=98049999

治安に関しても、周辺の国とは考えられない程、安全な国。そのためか近年、
日本人の旅行者が増えているようです。また、リピーターの方も多いようです。
いまだに国策として旅行者を制限しているこの国、しかし開発の波は抑えられ
ず少しずつ町並みも変わってきていると言われています。大きく変革を来たす
その前に一度、「最後のシャングリラ」に足を運んで見られるのも良いのでは。
(旅行に興味のある方、現地旅行社 Exotic Destinations 
exotic_jp@druknet.bt 日本語可)

春の訪れと共に、こちらは梅の花が満開。街路樹の柳の枝が風にそよいでいま
す。これからブータンは初夏を迎えます。

??田 忠典
exotic_jp@druknet.bt

 (注)高田さんは<体にやさしい鍼灸のはなし>の山下健先生の門下生で2
カ月前からブータン王国で一人で鍼灸院を開業、住民の治療にあたっている。
4/12 ブータン通信ありがとうございました(原田)・・

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<丹羽敏明の戦争体験>7、「敗戦後、脱走への誘惑」 
4/3
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
われわれの最大の関心事は、本当に日本へ帰れるのかということだった。シン
ガボールへ集結した日本兵は軍艦で内地へどんどん帰しているらしいとか、英
軍の船に載せてオーストラリアへ連行し奴隷まがいに一生こき使われるらしい
とか、どれが正しい情報なのか戸惑うばかりであったが、噂の大勢は悪い方が
占めていった。すなわち捕虜として重労働に従事させられるという情報が定着
しつつあった。その影響が脱走兵の続出という現象となって現れ、各部隊がそ
の対策に頭を悩ましているらしいと噂された。そしてついに、わが中隊にも脱
走を挙行した者があらわれた。中隊の本部の隊員ではなく、ある飛行場に派遣
されていた通信分隊の1個分隊約10名が、トラックにドラム缶を満載して脱
走したというのだ。彼らの計画は、何と釜山を目指し、釜山からは泳いで九州
に渡るという、まことに壮大なものだったらしい。こんな無茶な計画が実現可
能と真面目に判断したほど、当時の日本兵は狂的に内地への帰還を夢見ていた
のである。後日、この通信分隊員はバンコックで捕らわれたことがわかったが、
多分タイから日本へ復員したものと思われる。

日本帰還の虚実の情報で気持ちが大揺れに揺れていた最中、私にも脱走の話し
が持ちかけられてきた。同じ経理部所属の召集兵で茨城県出身の飛田(ひだ)
さんという人がいた。戦前の右翼の大物・頭山満のような見事な頬髭、顎髭を
蓄え、自ら大陸浪人と称していただけに、中国語・マレー語に堪能だったので、
中隊幹部も一目置いていた。私も飛田さんを敬慕していたし飛田さんも私には
親しみをもって接してくれていた。飛田さんは現地人の労務者を使って野菜類
の栽培管理をしていた。労務者を直接管理しているのは年輩の華僑であったが、
この華僑も飛田さんの人柄には傾倒しているらしいことが一見してわかった。
私が飛田さんの勤務場所に行くのは1週間に一度、労務者に労賃を支払う(賃
金の代わりに米で支払った。そのほうが現地人は喜んだ。)ときの手伝いかた
がた立ち会うためであった。

その飛田さんがある夜、私のキャンプへ来て私を呼び出した。「丹羽君、大切
な話しがある。実は君も知っている華僑に勧められてわしは脱走することに決
めた。華僑の世話になって様子を見ながら時期を待つことにする。そこで、丹
羽君にもそうしなさいと華僑が言っているがどうする、よく考えて返事を聞か
せてくれ」という誘いの話しだった。飛田さんの話しによれば、華僑は信義に
厚い民族だから約束は絶対に守る、信頼していい、という。かねて心服してい
る飛田さんのことだから行動を共にすることに不安は感じなかった。しかし簡
単に決められることではない。その夜はまんじりともせず懊悩が続いた。

翌日の夕方、飛田さんに私は「申し訳ありませんが、私は同年兵と行動を共に
します」と断った。飛田さんはうなずきながら暫く私を見つめていたが、私の
手をとって「そうか。それでいいよ、丹羽君」と手を固くにぎり「じゃぁな」
と言って去って行った。以来飛田さんの名前は復員後の中隊員名簿にもなく、
消息は未だに不明であるが、私は今でも飛田さんに会いたいと思っている。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<日本たまご事情>「イザベラ・バードと卵」愛鶏園・斎藤富士雄
4/7
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
原田先輩
4/5秩父を訪ねましたら時ならぬ大雪に見舞われ、花見ならぬ雪見となりまし
た。
齋藤 富士雄

イザベラ・バードと卵
迂闊にも私が彼女の名前を知ったのはごく最近のことである。イザベラによっ
て「日本奥地紀行」(平凡社)が書かれたのは明治28年であるからもう既に
130年近くたっている。
明治11年、イギリス人の彼女は47歳のとき単身日本にやってきて3ヶ月か
けて東北、北海道を旅行しているから元気の良いオバサンである。
日本人の青年通訳をつれて人力車、馬、徒歩、舟で旅行するわけだがその紀行
文が実に面白い、同時代の日本人による紀行文はあるが、その観察眼の角度が
違う。

夏の旅であったから行く先々田舎の宿屋で蚤、蚊の大群に襲われる。当時の日
本人であったならそれは当たり前のことであったから記録には残さなかったで
あろう、事々左様に実に鋭く当時の生活のことなどを記録に残している。行く
先々で、当時東北の山村では生まれて始めて見る”異人さん”に村中の人が集
まってしまい大騒ぎになる。
山形の米沢平野を東洋のアルカデァ(桃源郷)と誉めたかと思うと、道中山村
のあまりの貧しさに触れこの状態から未来永劫に抜け出せないだろうとこき下
ろす。

その中に鶏と卵のことが書いてあった(商売、商売)。イザベラは旅行中自分
の口に合う食べ物に不自由し、もっぱら鶏と卵を道中調達し愛用した。
ところが鶏を食べる為に売ってくれと言うと売ってくれない、卵を取る為と言
えば売ってくれたとある。つまり当時鶏はあくまで卵をとるためのものであり、
肉用ではなかったに違いない。あるいは殺すことを忌む宗教的なものかも知れ
ない。
当時、警察官の月給が6円から10円していた時に、鶏1羽と卵1ヶの値段は
20銭、2銭したとある、さしずめ今風に換算すれば鶏1羽5000円と卵1
ヶ500円と言ったところか!?

齋藤 富士雄
(株)愛鶏園
http://www.ikn.co.jp/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<森 清の読後感>「佐藤健記者の卒業論文」佐藤健『阿弥陀が来た道―百
年目の大谷探検隊』2003年3月刊、毎日新聞社、1524円+税
4/13
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「佐藤健記者の卒業論文」
佐藤健『阿弥陀が来た道―百年目の大谷探検隊』毎日新聞社、2003年3月刊、
1524円+税
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=03013403

 佐藤健氏は、33歳で雲水になってみて現代に宗教を問い、その後も仏教を主
題の一つにして新聞記者を生きてきた。そして2002年11月11日には、毎日新聞
を60歳の定年で去るつもりで、その卒業論文として仏教が日本に来た道を歩い
て記事にしたいとした。
 日本人の死生観は阿弥陀信仰を探るとよく分かると考え、仏教の来た道を尋
ねるのに「阿弥陀の来た道」を探るとした。日本人は、禅に拠る者を含めて
「南無阿弥陀仏」が生き死にの柱になっていると考えたのである。

 2002年の100年前、西本願寺の新門大谷光瑞を隊長とする大谷探検隊が仏教、
阿弥陀の日本に来た道を探った。その道を大谷光瑞の後継者達と一緒に歩きた
いと龍谷大学に申し出て賛同を得、現地探検隊の隊長を引き受けた。
 大谷探検隊は、1902年、明治35年に留学中の新門が隊長で4人の若者とロン
ドンを出発、モスクワ経由、シルクロードの東の重要拠点カシュガルに着いて
探検を始めた。新門自身が27歳の青年であった。
その探検は、若者達の生死を賭けた旅だった。砂漠や峻険な山岳を越えるには
阿弥陀を頼まねばならないほどの厳しさだ。シルクロード沿いの石窟などにあ
る仏教遺跡は、その道のあることで利や権力を得た者たちが、生死を賭けてそ
の道を歩く際の安寧と、自らの永遠の命を願って大いなる布施をしたことの跡
である。

遺跡はすでに西欧の探検隊が発掘し、経典、仏像などの仏教資料を根こそぎロ
ンドンやぱりへ持ち出していた。大谷光瑞は、留学地で仏教を学ぶうちに、日
本においてそうした学問をする際に仏教資料の必要であることに思い至り、日
本には全く無いといっていいそれら資料の収集を急がねばと痛切に思った。
日本はまだ国としてその意図を持ち、資金を用意する動きは無かった。そこで
西本願寺の私費でまかなうことにした。それは後に光瑞の立場を揺るがし、門
主を辞す騒ぎにも発展した。しかし今、百年を経て光瑞は、「生きる者」とな
っている。

光瑞は仏教遺跡を尋ねた後、インドの宗教聖地ベナレスを訪ね、霊鷲山にも登
っている。前者では世界の宗教を思い、後者では仏教の真髄を思ったであろう。
佐藤健氏も、その両者を訪問した体験から自己の大切な根拠地としている。佐
藤氏はインドやその周辺に行く機会があれば「ベナレスのガートで、早朝から
夕暮れまで過ごすことにしている」というし、霊鷲山でそこに今も釈迦がいる
と感じていた。光瑞は学者で探検家であった。佐藤氏は新聞記者で現代社会に
「生きる者」を尋ねる探検家でもあった。二人は一体化していると本書で納得
させられる。

佐藤氏は2001年8月20日にがんの疑いを知らされ、その宣告を数日後に受けて
手術も受け、小康を得て11月中国タクラマカン砂漠へ遠征隊を率いて行った。
帰国後、がんの転移で治療を受けながら「阿弥陀が来た道」の新聞原稿を書き
上げた。その後、2002年5月19日には親友に電話して、記事の原稿に「『阿弥
陀とは』の補稿を30枚つけ、それで本にする」と話していた(『生きる者の記
録』)。
実際にはその願いは果たせず上梓された。
しかし、がん体験記の『生きる者の記録』は、「阿弥陀とは」という問いへの
答えともなっているように思える。
浄土は大地である、というのが鈴木大拙師の見識(『日本的霊性』など)であ
る。私もそう思う。佐藤健氏のがん闘病のベッドそのものが大地であり、浄土
であった。

佐藤氏は点滴に薬が入れられる直前に奥さんに「あ、り、が、と、う」と言い、
後輩の記者に「後を、頼む」と言い、薬が点滴の管に入って看護師さんの「健
さ―ん」という呼びかけに「はーい」と応えて意識を失っていった。
がん闘病の渦中に佐藤氏は、時に闇の中で般若心経を唱えながら眠りについた
というが、遂には「南無阿弥陀仏」をつぶやくのが精一杯となり、それでいい
と言っている。その心境が、多くの日本人の心境であると言えよう。合掌。

追記 本書には滝雄一氏の美しく意味深い写真が多く掲載されている。また、
最新刊の『仏教の来た道』(鎌田茂雄、講談社学術文庫)が新聞記事を主にし
た本書をよく補ってくれる。

『仏教の来た道』
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=03012631

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<晴耕雨読9>平和のためにできること 田んぼのおばさん
4/15
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 3月20日にアメリカが始めたイラク戦争。開戦当初から『戦争反対』『平和』
を訴える声もそこここで上がり、自分にできることは何かと自問する日々が続
いた。日比谷のピースウォークや集会に参加した仲間もいるし、大学生の息子
もインターネットを通じてブッシュ大統領に抗議する署名活動をしていたよう
だ。
 「戦争反対」と、口だけなら誰もが言うだろう。何をしても無力なのではな
いかと、9.11の報復戦争に反対する署名に振り回された記憶がよみがえり、正
直なところ金縛り状態の日々を送っていた。政治家も、メディアも信用できな
い、と。テレビの実況中継を見なくてもすむようになってほっとする一方で、
ようやく自分にできることを見つけることができた。
 子どもたちに本を読んであげる場を与えられている。子どもたちのために平
和な世界を守りたい。ひとりひとりが健康で文化的な生活を保障される社会。
確かに子どもは弱い存在で、一番の被害者になりがちだ。その子どもたちが
『平和であること』の大切さを心のなかに持った大人になること、その手伝い
ならできるのではないかと。
 真正面から反戦を謳った本もある、まるで平和とは無縁に見える本もある。
それでも、一冊の本が子どもの心に生きる喜びをあたえることもあるはず、そ
う思うと日々の本選びに今までとは違う緊張感が沸いてくるのである。すべて
の子どもが平和を愛する大人になる日まであきらめずに読み続けたいと思う。
私が平和のためにできること、ささやかでも、信念を持って。

田んぼのおばさん
http://homepage3.nifty.com/half-farmer/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<農文協図書館サイト更新情報>近藤康男104歳のエッセイ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●新規収蔵図書
http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/01new.html
●近藤康男文庫目録その4
http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/071kondoubunko1.html

●農文協図書館ニュース(2003年4月)
http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/sp/200304/news1.html
 農文協図書館理事長 近藤康男は2003年3月31日、農文協図書館に見
学に訪れた農文協新入社員18名を前に歓迎の挨拶をおこなった。
挨拶の要旨は、(戦後農文協を再建した先輩は農民のために何をなすべきか
を考えて文化運動を続けている。その志は「農文協五十年史」にまとめてある
のでぜひ良く読み、志を引き継いで欲しい)
 本年の農文協新年会には出席出来なかったが、新年の挨拶にかえて次のエッ
セイを寄せられた。104歳の高齢でも自宅で毎日、読書・執筆を続けられて
いる。

 図書の保存法は図書館が最高      近藤 康男

 戦争時代と戦後の図書の処理を今に思い出します。
 東京では、1945(昭和20)年1月、立川飛行場の爆撃が始まったころ
でした。私は大切にしていた本を杉並区上高井戸三丁目の自宅の空き地に壕を
掘って置いてみたが湿気が心配です。たまたま隣人が甲府の実家(寺院)へ疎
開するというので、わが家でも疎開荷物を依頼しました。
 それには、チューネンの『孤立国』やマルクスの『資本論』ローザの『資本
蓄積論』など15、6冊と自分の著作の初版本など20数点の図書と、娘の嫁
入り衣装などを加えた荷物を疎開に同行をお願いしたのであった。ところが、
甲府の空襲で、その寺院が全焼してしまった。

 これが最初の失敗でした。戦後は手に入れ難い図書ばかりでした。
 現在近藤文庫に保存されている私の戦前の著作初版本は、戦後に集収したも
のが大部分です。つくづく本は焼いてはいけないと思いました。
1955(昭和30)年、戦後も落ちついて自由に建築ができました。土地
は戦時中に確保していましたが、そこに住宅を建てる際に、前例に懲りて私は
大工に「図書は火事でも焼けないように」と注文しました。そうしたら「8坪
の書庫に金庫扉を使うから大丈夫」と大工に自慢されました。
 金庫扉の書庫は出来ましたが、八坪の書庫は間もなく満員になりました。書
庫の三面に廊下を張り付けたのが第二の失敗。それも2、3年で満員でした。

 どうしたものか考えていたときに農文協図書館の個人文庫という構想が岩淵
専務にあって、それが救いの神になりました。それも第1号は故人の名城大学
教授の守田志郎さんの守田文庫。第2号が広い書架を占領した近藤個人文庫と
なりました。この個人文庫は農文協図書館の特徴の一つですが、その後、希望
者が多くなり、今では満杯になりました。私の場合は幸運でした。
農文協図書館は財団法人の運営する図書館として船出しましたが、農林水産
関係という制約以外には何の制約もなく、広い範囲の人達の研究のために集め
られ、閲覧に何の制約もありません。私などには思いもよらない宝に恵まれま
した。
 農文協の出版活動のために全国から集めたもの、例えば日本の食生活につい
てのもの。いやそればかりか、戦時中の農林省馬政局が馬産経済調査という農
家の詳しい記録をしてもらったものなど、終戦で焼却さるべきものを保護され
て、ここに保存しているものなど貴重なものも集まっています。江戸時代の古
い農書の写しなどもあって、研究者にとって一つの宝の山のような物だと思い
ます。
 この農文協図書館は、いろいろな面で活用されなくてはならないと思ってい
ます。
(2003年1月 104歳、農文協図書館理事長・農文協名誉会長、農文協
内部報第137号 03.3.から引用)
---------
*編集部注:なお、農文協図書館の書庫は現在満杯状態で受け入れの余裕はご
ざいません。ご了承ください。

◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆
東京国際ブックフェア2003「招待券贈呈」農文協図書館に申込み下さい。
4月24日から27日まで、東京ビックサイトで開催。
4/26・4/27特別割引価格で書籍の購入・注文ができます!
『電子耕』読者は、郵便番号・住所・氏名をメールでお申し込み下さい。郵送
サービス致します(tom@nazuna.com)
東京国際ブックフェア2003公式サイト
http://www.reedexpo.co.jp/tibf/
--------------------------------------------------------------------
◆◆東京大空襲から58年 記念企画のご案内◆◆

★語り継ぐ東京大空襲・開館1周年記念シンポジウム
「都市空襲を考える」第2回=4月26日13時半〜16時半。
会場:ティアラこうとう(江東公会堂)中会議室
http://www.city.koto.tokyo.jp/~tiara/
都営新宿線住吉駅徒歩4分
報告:東京空襲犠牲者氏名記録運動の到達点 星野ひろし
   戦中生活と空襲 江波戸昭(明治大学名誉教授)

(問い合わせ)東京大空襲・戦災資料センター 電話03-5857-5631
ホームページ
http://www9.ocn.ne.jp/~sensai/
〒136-0073 東京都江東区北砂1丁目5-4 (財)政治経済研究所
◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆<私の近況報告>4月2日〜15日(戦争の被害は続く)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4月4日、「シルバー情報館」ホームページ
http://www.raifu.co.jp/
の特集記事取材のためライター増山さんのインタビューを受ける。5月掲載の
予定。

6日、親友故井上喜一郎さんの墓参と偲ぶ会を友人5夫婦で行う。思い出の話
は2時間に及ぶも終わらず、彼の表面に出さなかった色々なことを語り合った。

9日、今村奈良臣氏ほか4人は農文協図書館で近藤康男先生を囲んで5回にわ
たる中国訪問地の思い出を聞く。その訪問地がその後どう変化したか、現地調
査をして報告書を作成することになった(農文協企画)。

10日、農工大クラス会でハイキング、高尾の多摩森林科学園
http://www.ffpri-tmk.affrc.go.jp/
「サクラ保存林」を巡って陵南公園で昼食会。20人が参加、私も2年ぶりに
旧友と懇談する。同期生の交流は気がおけないので楽しさは最高。老いの病気
の話も多いがいずれの体験も薬になり、免疫力強化になる。

11日、赤坂の大畑歯科で入れ歯の補修をしてもらう。高齢になると歯茎が痩
せてガタガタになる。そのために口内炎を起こし食事のたびに痛んで辛かった
が1時間で治る見込みができた。老人は歯医者さんと仲良くすることが大切と
つくづく思った。

13日、統一地方選挙の結果、東京都知事に石原慎太郎、308万票。しかし
投票率は前回の58%が45%に落ちた。戦争反対の野党の呼びかけは票にな
らなかった。選挙民は危機にたいして保守的になり英雄待望の危険を含むと感
じたのは私だけだろうか。
 イラク攻撃は終わりに近いが、戦争の被害は続く。環境破壊や水利など農業
生産施設の回復はどうなるのであろうか。メソポタミア文明発祥の地はどうな
ってしまうのか。イラク国立博物館で文化財の壊滅的略奪が行われたという報
道に民衆の心も戦争に傷つけられ善悪の区別を失ったかと暗然となる。

14日、山崎農業研究所発行「耕」の特集号「戦争と農業」の原稿依頼があっ
た。『電子耕』のコラムを読んでの提案である。戦争被害はまだまだ続く。
---------------------------------------------------------------------
次回の108号の締切は4月28日で、5月1日(木)発行予定です。
━PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━劇団文化座━━━━━━━
■■■■        劇団文化座第116回公演
■■■□    「遠い花 ―汝が名はピーチ・ブロッサム―」 
■■□□   
■□□□        原作:葉月奈津・若林尚司著 
□□「ピーチ・ブロッサムへ ―英国貴族軍人が変体仮名で綴る千の恋文―」
 ともに日本で暮らすことを夢みながら、世界大戦によりその夢を阻まれるア
ーサーとまさ。強いられた別離の中で頻りに交される手紙だけが二人の絆をつ
なぐ。──柳行李から偶然に見つかったアーサーの日本語の手紙が証す、二つ
の世界戦争と「家族」の悲劇。 
□□□□ 
□□□□       作=八木柊一郎 演出=鈴木完一郎
出演=佐々木愛、遠藤慎子、有賀ひろみ、阿部敦子、高村尚枝、浅野文代
   伊藤勉、青木和宣、田村智明、鳴海宏明、佐藤哲也、米山実
□□□□ 2003年 4/16(水)〜27(日) 俳優座劇場(六本木)
□□□□           前売り券発売中
http://bunkaza.com/
● 2000年の初演案内より
http://bunkaza.com/history/tooihana/peach2000.html
━━━劇団文化座━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━PR━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎お願い「<読者の声>の投稿規定・メールの書き方」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1、件名(見出し)を必ず書くこと。読みたくなる見出しを簡潔・明瞭に。
「はじめまして」は省略して、言いたいことを具体的にズバリと書き出す。
2、氏名・ハンドルネームは、文末ではなく始めの方に書く。
3、1回1テーマ、書き出し・本文・結論を10行位にまとめる。
4、送信する前に、何を言わんとするか、読み返し、推敲することが大切。
5、ホームページを持っている人は、文末にURLをつける。
6、JIS X0208 規格外の文字(機種依存文字)のチェックをする。
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/networks/check/jisx0208.html
インターネットで使えない丸数字や半角カタカナ、括弧入り略号などは文字化
けの原因です。htmlメールもご遠慮ください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★『メールマガジンの楽しみ方』発売中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
書名:岩波アクティブ新書45『メールマガジンの楽しみ方』
著者:原田 勉 定価:本体700円+税 発行日:2002年10月4日
発行所:岩波書店 ISBN4-00-700045-X
まえがき・目次・著者紹介・注文方法はこちら
http://nazuna.com/tom/book.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『電子耕』から大切なお知らせ
http://nazuna.com/tom/10.html
<本誌記事の無断転載を禁じます>
********************************************************************
  隔週刊「78歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第107号
バックナンバー・購読申し込み/解除案内
http://nazuna.com/tom/denshico.html
2003.4.17(木)発行    西東京市・ひばりが丘  原田 勉
mailto:tom@nazuna.com
***発行部数 1823 部 ********************ここまで『電子耕』**********