78歳の伝記ライター 原田 勉
『電子耕』108号
<舌耕のネタ>2003,5,1
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イラク農業と食糧危機を考える       原田 勉

イラク戦争の被害は女子供など弱い者に多く現れている。
 ところが、テレビも新聞も戦況報道はするが農業生産や農民・市民の被害実態は殆ど報道されていない。わずかにNHKTV4月6日のスペシャルで、イラクでは湾岸戦争の後、40万人以上の乳幼児が国連の経済制裁下で死んだという報道がなされた。
 爆撃による潅漑施設の破壊や油田の火災で環境が汚染されていると考えられるが、水や食糧、農業生産はどうなっているのか。
 
 イラクは古代農耕文明発祥地である。この辺はパンコムギの先祖が発見されたことでも知られている。そのメソポタミア文明の基礎は潅漑農業であった。古代から水を制するものがイラクを制すという、宿命の歴史がある。
 ユーフラテス河2,800キロとチグリス河1,800キロの水源はトルコの山地で、標高2,000メートルの雪解け水である。農業・生活の基盤になっているのは地表の河川と地下から湧き出る地下水である。この水は運河によって都市に供給され、農業にも回されていた。潅漑施設の維持は都市と政権の死命を制する重要な基盤であった。その崩壊はただちに政権の没落を意味し、幾つもの王朝が水不足のために滅びてしまった。
 こうした宿命は、現代イラクにも引き継がれている。大規模な工場が建設されても経済の基盤は農業であり、産業・経済の発展は治水・潅漑・排水など水利問題の解決なしには達成されないと言われてきた。
 しかし、現代イラクではチグリス、ユーフラテス両河についで第3の河ともいうべき石油が発見され、それに依存した経済によって現在の不幸が始まった。石油輸出による財政によってフセイン独裁体制が確立し軍事化が行われた。イラクが12年前にクエートに侵攻したのも石油のためであった。1980年代には米国がフセイン政権を軍事、財政的に支援したのも石油のためであり、今度のイラク攻撃も石油が狙いと言われている。

 「イラク農業の概要」(農林水産省03.3.20)によると、総人口2,450万人を養う農業人口は227万人(総人口の10%)。耕地面積は554万ヘクタール(国土の13%)、潅漑面積は353ヘクタール。おもな農産物は小麦、大麦、野菜。近年の穀物生産は国連の経済制裁により肥料、農薬、農業機械などの資材確保がむずかしく、2年続きの干ばつもあって穀物自給率は2000年に15%に落ちている。
 日本農業新聞(03.4.15)国際乾燥地域農業研究センター所長の寄稿によると、「イラク農業は耕地・水不足が深刻だ。水管理は劣化する潅漑システムに深刻な水問題に直面し、改善に欠かせない機械、資材は不足し、土壌劣化や塩害による収量の減少を来たしている」という。さらに米英軍の爆撃や戦闘で潅漑ポンプ、農薬研究・製造など農業関連施設は破壊された。またイラク市民は当面の食料を確保しているものの「今後7月にかけて本格化する穀倉地帯の北部イラクの小麦、大麦合わせて170万トンの収穫が見込まれているが、コンバインを所有している政府が戦乱で機能しなければ収穫適期を逃がしてしまう危険性が大きい」と心配している。  

 以上によって分かることは、イラクは石油経済に依存し、輸入食糧に頼って自給を忘れた国となり、12年まえのクエート侵攻によって湾岸戦争を引き起こし、それ以来戦争経済状態(経済制裁)にあって益々食糧・農業危機が大きくなり、今度の米英軍の侵攻によって更に壊滅状態になったと想像される。

 日本には何ができるのか:「イラクに対する政府米の支援について」農林水産省は4月9日、タイ産米7,600トン、国内産米2,400トンの計1万トンを名古屋港から5月中旬までに積み出すことを決定した。これはWFPから可能な限り早く米をイラクに輸送して欲しい旨の要請があったからという。
 しかし、米国のイラク攻撃にいち早く支持を表明し、米英軍への油補給船やイージス艦を派遣した日本が果たしてイラク国民に歓迎されるだろうか。
 イラク農業の再建の課題は多い。長期的な持続可能な農業の土地利用、水資源、生態系、環境保護など広い視点から取り組む必要がある。
 日本における乾燥地域の農業研究では鳥取大学砂丘利用研究施設の先駆的実績があるし、中東諸国に派遣されたJICA専門家の学者・研究者も多い。民間でも「風の学校」の中田正一さんや「砂漠緑化に粘土団子」を奬めている福岡正信さんらの草の根運動に学ぶことが多い。この度、山崎農業研究所編で発行された『21世紀水危機・農からの発想』では「水危機が世界をおびやかす・池上甲一」が潅漑の時代の終焉を説き、多くの示唆を与えてくれた。
 イラク農業の危機を前にして、国際的協力や国内農業の教訓としても、われわれに大きな課題が与えられた思いがする。


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